振袖の歴史
2017.02.02

subimg05日本の長い歴史の中で華やかな文化を継承するのは着物ではないでしょうか。着物の歴を紐解くと縄文時代の織った布地を巻き付けるようなものから始まり、弥生時代辺りでは貫筒衣という首に穴が開いている簡単なつくりの衣装になってきます。平安時代に入るとだいぶ現在の着物の形に近づいてきて、十二単と呼ばれるような唐衣裳装束が出てきました。これは公家などで着用されていました。上に羽織る袖口を縫い合わせない大きな袖の着物を大袖と呼び、下着の代わりになっていて、袖口を小さくして縫い合わせた着物を小袖と呼んでいました。この下着として着用されていた小袖が時代を経て、小袖のみを着る形式にかわっていき、現在の着物の形ができたといわれています。

安土桃山時代では染色技術が発達し、『辻が花染め』などが出てきました。小袖が今のような形になり、太い帯を締めて着るような形に完成されたのは江戸時代といわれています。金糸などの華やかな飾りがつくものが流行って、裕福な町民も着用するようになりました。『友禅染』という手書きの染め物も考案され、着物の中に一つの風景が描かれるなど芸術的要素がかなり加わったものも多く現在に残されています。ただ、自然物から取り出す貴重な染料を使うためとても高価で、庶民には手が届かないものでありました。明治維新後、西洋の技術が入ったことで化学染料が日本に入り、そこで庶民でも着られるような『型抜き友禅』というものが出回りました。字のごとく型抜きをするので、手書きで柄を書くよりも生産性があがり、安価な化学染料を使うことで庶民に手が届くような価格になったということです。

現在、成人式などでは振袖を着用することが一般化されています。このように、振袖は日本の着物の推移の上にあるのでしょうね。鮮やかで華やかな柄を着飾った新成人が集う成人式が毎年の風物詩のようにテレビやネットで取り上げられています。今の振袖の艶やかさは昔の職人たちの技術や昔の人々のすてきな物を着たいというおもいから成り立っているのでしょう。庶民のものではなかった高価なものが明治以降着られるようになったのも先人の努力の成果だったとおもうと、この伝統的な着物を次世代に引き継ぐ使命が各々にあるのではないでしょうか。結婚式でのウエディングドレスは女子の憧れではありますが、日本人として和装をする機会はそうそうないのでチャレンジしてみるのも良いでしょうね。

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